中国語会話専門校 大阪天王寺駅から徒歩5分 合同会社龍の橋 中国語教室
弊社の教室で中国語を勉強された生徒様が、HSK受験後に中国へ語学留学されるケースがございます。
平成25年頃までは、留学の為に会社を退職されてまで行かれる人が沢山いました。
しかし社会の変化でしょうか、最近は少し少なくなった様な感じもしています。
平成30年頃になると大学生の留学の方が目立つような気もします。
どちらにせよ、新しい人生の始まりに立ち会える事に感動をおぼえる日があります。
講師としても、やりがいを感じる瞬間のひとつです。
さて今回は、そんな留学生からのレポートを紹介しようと思います。
時代背景などは少し変わっていると思いますが、中国語を勉強された先輩の話として、少し目を通して頂くのは如何でしょうか。
龍の橋で約1年半勉強した後、2012年9月から約半年間上海交通大学に留学しました。
私は祖母が中国人なので上海に親戚がいて、小さい頃から何度か上海に旅行に来る事がありました。
今回で6回目ですが、上海万博もあったため、以前に比べるとより活気ある街へと変化したように思います。
物価も随分上がっているようでしたが貧富の差も相変わらずあり、素敵なマンションに住んで高級な車に乗っている人も居れば、職がなく道でコップを持って道行く人にお金を貰おうとしている人もいました。
今回は旅行ではなく、生活をする為に住む場所を探さなければなりませんでした。
大学には寮があるのですが、今期は入所が出来ず、自分で住まいを探さなければなりませんでした。。
親戚と不動産屋に行き幸いにも大学から徒歩10分の場所を見つける事が出来ました。
大学の周辺は都会で交通の便も良いのですが、私の家の方へ入ると現地の人が外で洗髪されていたり、ごみは平気で道に捨てたり、市場があり賑やかで活気あふれる場所でした。
周りの環境は表と裏道りでは全く違う町並みでした。
私の家の周辺はうるさく、家の中も寒くてあまり綺麗とは言えない住まいでしたが、大学で知り合った日本人の友達は会社員や駐在妻(太太)さんが多く、遊びに行った家はみんな綺麗で静かで暖かくて日本語が通じる場所に住んでいたので、自分の家に帰ると悲しくなる時もありました。
しかし、近所の果物屋さんや現地の人と仲良くなってからは、何か分からない事があれば聞いたり、世話をしたりと、他の学生さんより現地の人と関われた事で語学の進歩は確実に大きく実感出来ました。
私は英語が全く話せない為、欧米人とのコミュニケーションに困りましたが、中国語で会話をして友達を増やしました。
授業は中国語と英語なので英語が分かる人は英語に頼ってしまうと言っていましたが、私は授業を理解する為には中国語を集中して聞く事だったので、ある意味良かったんだと思います。
それとタクシーの運転手さんと話をしたり、買い物で店員さんに値切ったりする事が出来ると達成感や喜びを感じる事が出来ました。
中国語の間違いを怖がらずに沢山はなして現地の人と交わるのが進歩する方法だと感じました。
中国人は見た目はあまり笑顔がないため、怖く見えますが、話しかけるとみんな優しく接してくれて中国語を教えてくれたりもします。
12月には上海マラソンにも参加でき、ポーランド人の友達と一緒に走った事が良い思い出です。
特に苦労した事はトイレでした。
洋式トイレなのに便座の上に靴で上がっているのか、便座や床はいつも汚れていて場所によっては汚物をそのままにしている事も多々出くわしました。ティシュは勿論ないので、必需品で落ち着くトイレは唯一自分の家のトイレでした。
龍の橋でシッカリ勉強させて頂いたおかげで授業に入りやすかったです。
授業はピンインからだったため、上のクラスに行きたいので試験を受けました。
結果2つ上のクラスと評価され移動しました。
龍の橋で勉強したおかげで、みんなに中国語を教える時もあったり、先生とのコミュニケーションも図れ授業は毎日楽しく受ける事が出来ました。
今後の予定は日本に帰ると中国語を一気に使わなくなります。
私は中国語を忘れるのが怖いので、今後も龍の橋で勉強させていただき、中国の友達や、親戚と連絡をとりながら出来るだけ中国語を使うように心がけて、今以上に上達出来る様に頑張りたいと思っています。